
山の上から鶴ヶ城臨める小田山。
山道をYouTuber『AIZUチャンネル』さんがガイド、一緒に登ります
⚫️ 時間 am10:00〜 (2・3時間程度)
※待合せ場所は鶴ヶ城付近。ご予約頂いた方へお知らせいたします
⚫️ 料金 1人5,500円
⚫️ 限定 20人(完全予約制)
コース内容
◆ 善龍寺(ぜんりゅうじ)
『西郷家21人墓』『なよたけの碑』
◆ 建福寺(けんぷくじ)
『河井継之助』『長岡藩、牧野家--常宿』
◆ 恵倫寺(えりんじ)
柴五郎 (ガイド解説のみ)
◆ 大砲設置跡地(ほうだいせっちあとち)
⚫️ 時間 13:00〜 (2・3時間程度)
※待合せ場所は鶴ヶ城付近。ご予約頂いた方へお知らせいたします
⚫️ 料金 1人5,500円
⚫️ 限定 20人(完全予約制)
コース内容
◆ 恵倫寺(えりんじ) 柴五郎墓 住職説明
◆ 大砲設置跡地(ほうだいせっちあとち)
◆ 田中玄宰(たなか はるなか)墓
◆ 蘆名(あしな)三代墓
『16代・盛氏』『17代・盛興』『18代・盛隆』
YouTuber AIZUチャンネル

youtube.com/channel/UCguOi7XKKM856YjgvMAdwGg
登録者様3.27万人!!現在投稿動画867本
会津若松在住。
地元が会津だからこそ知る、会津の歴史、会津のローカルな食、神社仏閣、
会津のマニアックな魅力の発信をされているYouTuberさんです♪
大人気のAIZUチャンネルさんに会えるチャンス♪
会津の小田山
幕末会津戦争の最終決戦。
西軍※が鶴ヶ城へ向け、2週間で1日2000発
の大砲を発砲した砲台跡地や、
(現在でも砲台跡地から綺麗に鶴ヶ城を望む事ができます)
※一般的に新政府軍はは官軍と言われていますが、会津では西軍と呼びます。
会津藩・会津藩ゆかりの要人、柴五郎、河井継之助、
田中玄宰の墓
西郷頼母邸で自刃した西郷家21人墓『なよたけの碑』
蘆名三代の墓、などが鶴ヶ城を望む小田山に集中しております。
歴史が好きな方は単身で探索しているかもしれませんが、
この機会にガイド付きで散策してみませんか??
より理解が深まるかと思います♪

鶴ヶ城近辺で待合せをして、『AIZUチャンネルさん』と一緒に歩いて小田山を目指ます♪
軽い山道を登ったり降ったりします♪
日頃の運動不足もちょっと解消できるかも??
⚫️ 時間 am10:00〜 (2・3時間程度)
※待合せ場所は鶴ヶ城付近。ご予約頂いた方へお知らせいたします
⚫️ 料金 1人5,500円
⚫️ 限定 20人(完全予約制)
コース内容
◆ 善龍寺(ぜんりゅうじ)
『西郷家21人墓』『なよたけの碑』
◆ 建福寺(けんぷくじ)
『河井継之助』『長岡藩、牧野家--常宿』
◆ 恵倫寺(えりんじ)
柴五郎 (ガイド解説のみ)
◆ 大砲設置跡地(ほうだいせっちあとち)
善龍寺(ぜんりゅうじ)
『なよたけの舞』『21人墓』
西軍が会津に迫る中、西軍に辱めを受けないよう、 主に女性、子供が自刃した西郷家21人の墓、 なよたけの碑 西郷頼母の妻、西郷千重子が最期に詠んだ なよたけの詩 「なよ竹の 風にまかする 身ながらも たわまぬ節の ありとこそきけ」 が有名です。
建福寺(けんぷくじ)
『河井継之助』『長岡藩、牧野家--常宿』
建福寺 河井継之助の墓 長岡戦争で敗れ、只見で亡くなり、荼毘に伏され 初めて埋葬された墓 建福寺は、長岡藩牧野家の常宿として使われていたため、 こちらに埋葬された。その後長岡に移された(栄凉寺) 長岡藩は昔から、会津との交流があり、戊辰戦争の際も 武器など提供してもらっていました。
恵倫寺(えりんじ)
柴五郎 (住職のお話ナシ)
幕末会津戦争時6歳で会津戦争を生き延び、 斗南での苦労を超え、福島県初の陸軍大将にまで上り詰めた会津人 『ある明治人の記録』の著者で有名です 現在は小田山、恵倫寺に墓所があります。 5月5日はガイドの解説のみになります。
大砲設置跡地(ほうだいせっちあとち)
戊辰戦争最終決戦、 西軍が長岡を落とし奪ったアームストロング砲他 7台で鶴ヶ城へ向け、2週間で1日2000発 の大砲を発砲した場所。 この攻撃の後、鶴ヶ城が開城となりました。 今でも鶴ヶ城が近くに臨めるようになり、 当時の臨場感を感じる事ができます。
⚫️ 時間 13:00〜 (2・3時間程度)
※待合せ場所は鶴ヶ城付近。ご予約頂いた方へお知らせいたします
⚫️ 料金 1人5,500円
⚫️ 限定 20人(完全予約制)
コース内容
◆ 恵倫寺(えりんじ) 柴五郎墓 住職説明
◆ 大砲設置跡地(ほうだいせっちあとち)
◆ 田中玄宰(たなか はるなか)墓
◆ 蘆名(あしな)三代墓
『16代・盛氏』『17代・盛興』『18代・盛隆』
蘆名(あしな)三代墓
『16代・盛氏』『17代・盛興』『18代・盛隆』
源頼朝の命で、東北の要、会津に目を光らせるため 1番信頼のおける 三浦半島、三浦一族(大河ドラマ【鎌倉殿の13人】では山本耕史さんが三浦義村を演じています。義連の甥)、 三浦義明の末子 佐原十郎義連(さわら じゅうろう よしつら)を派遣。 その後、息子達が、蘆名の姓を名乗り、 20代まで400年会津を統治、会津の基礎を築いた。
恵倫寺(えりんじ)
『柴五郎墓 住職のお話あり
幕末会津戦争時6歳で会津戦争を生き延び、 斗南での苦労を超え、福島県初の陸軍大将にまで上り詰めた会津人 『ある明治人の記録』の著者で有名です 現在は小田山、恵倫寺に墓所があります。 5月3日は、特別な許可をいただき、柴五郎の貴重なお遺品や遺影、ご覧いただけるコースになります。 5月5日はガイドの解説のみになります。
大砲設置跡地(ほうだいせっちあとち)
戊辰戦争最終決戦、 西軍が長岡を落とし奪ったアームストロング砲他 7台で鶴ヶ城へ向け、2週間で1日2000発 の大砲を発砲した場所。 この攻撃の後、鶴ヶ城が開城となりました。 今でも鶴ヶ城が近くに臨めるようになり、 当時の臨場感を感じる事ができます。
田中玄宰(たなか はるなか)墓
田中玄宰が家老職時、天明の大飢饉などで 財政難になった会津藩の 財政、産業、軍制、教育などの改革 を行い、財政難を乗り切った。 養蚕・薬用人参・紅花・藍・棉等の栽培・漆器・酒造り・絵ろうそく等など、 今日の会津地方の伝統産業の基礎を築いた家老 更に藩校日新館の創設に尽力し教育改革を行うなど、会津藩が天下の雄藩となる基礎を築いた事で有名。